銀齢の果て

「銀齢の果て」を読みました。筒井康隆氏の小説です。70歳以上の老人は国家の邪魔だと政府が決めて、町ごとに老人同士で殺し合いをさせる話です。私が夢でうなされるほどの怖い小説です。背景に無理があるのですが、しだいに引き込まれました。その町で生存を許されるのは一人。複数残れば全員を処刑するというルールです。元自衛官や元プロレスラー、元象使いやら元鯨銛打ち名人、牧師、女たちが入り乱れて殺人ゲームを行うのですが、筒井氏の人間の見方に共感しました。死とセックスは非常に近い感覚であること、生物としての生存欲求は捨てがたいことに納得できました。そして老いることが罪になるような社会は、過去を捨て去る暴挙であることを理解しました。老人必読の小説家かもしれません。苦い結末です。

銀齢の果て

銀齢の果て

平原綾香さんのコンサート

平原綾香さんのコンサートに招待されました。裾野市民ホールです。うまいなぁ! 二曲目からウトウトしていました。よいお経を聞いているようで…安定した歌唱に快感で眠くなりました。最後に「ジュピター」で目が覚めました。彼女の声は楽器のようで、引き込まれました。素晴らしい!
https://www.susonobunka.jp/event/6302/

歴史研究2018年4月号

「歴史研究2018年4月号」を読みました。明治スポーツプラザの先代社長、八木輝夫さんからの頂き本です。八木さんの掲載記事が二つあります。
一つは短歌コーナー「桜咲く 富岡製糸 横田英」(巻頭)です。横田英さんを知らなかったので調べてみました。富岡製糸場の技術指導をした先駆的な女性です。「春、富岡製糸場の桜をみていたら横田英の事績が絢爛と蘇った…」ような意味でありましょうか。
もう一つは、会員随想「ラファエル・フォン・ケーベル先生」。明治の初め頃、お雇い教師としてドイツから赴任、第一次世界大戦のため故郷に帰る機会を失い大正の初めに死去。東京大学で哲学、東京芸大で音楽を指導。当時の日本人に大きな足跡を残しました。明治の終わり頃、夏目漱石がケーベル先生宅を訪れた話や果たせなかった帰郷パーティのエピソードを書いています。
齢80近くにして、この知的探究心。驚くとともに、尊敬します。振り返って自らを鼓舞しました。見習うべしと。備忘します。

横田英(よこた えい、安政4年8月21日(1857年10月8日) - 昭和4年(1929年)9月26日)は、官営富岡製糸場の伝習工女。『富岡日記』を著した。
1857年 信濃国埴科郡松代(現・長野市松代町松代)に松代藩士横田数馬の次女として生まれる。
1874年 富岡製糸場を退場し、長野県埴科郡西條村(現・長野市松代町西条)に建設された日本初の民営機械製糸場・六工社の創業に参画するとともに、その後も教授として指導的な役割を果たす。
1905年 富岡製糸場での日々を回顧して『富岡日記』を著す。(ウィキペディアより)

ラファエル・フォン・ケーベル(Raphael von Koeber)
ドイツ人の父とロシア人の母のもとニジニ・ノヴゴロドに生まれる。6歳よりピアノを学び1867年にモスクワ音楽院へ入学、ピョートル・チャイコフスキーとニコライ・ルビンシテインに師事し1872年に卒業した。…のち哲学に転じ、ルドルフ・クリストフ・オイケンに師事。30歳で博士号を得た後、ベルリン大学ハイデルベルク大学ミュンヘン大学音楽史と音楽美学を講じた。
1893年明治26年)6月に日本へ渡り、1914年(大正3年)まで21年間東京帝国大学に在職し、イマヌエル・カントなどのドイツ哲学を中心に、哲学史ギリシア哲学など西洋古典学も教えた。…学生たちからは「ケーベル先生」と呼ばれ敬愛された。夏目漱石も講義を受けており、後年に随筆『ケーベル先生』を著している。…東京音楽学校(現東京藝術大学)ではピアノも教えていた。…夏目漱石幸田延がケーベル邸を訪問した時の昼食レシピから、現在の松栄亭(淡路町)の「洋風かき揚げ」が生まれたというエピソードがある。
1904年(明治37年)の日露戦争開戦の折にはロシアへの帰国を拒否したが、1914年になって退職し、ミュンヘンに戻る計画を立てていた。しかし横浜から船に乗り込む直前に第一次世界大戦が勃発し、帰国の機会を逸した。その後は1923年(大正12年)に死去するまで横浜のロシア領事館の一室に暮らした。(ウィキペディアより)

ロボポカリプス

「ロボポカリプス」を読みました。AIと人間の壮絶な闘いを描いた長編SF小説です。小さなエピソードを積み重ねて一つの大きな物語にしています。エピソードひとつひとつが大変面白く、久々に夢中で読み耽ってしまいました。敵、スーパーAI「アーコス」人類滅亡計画の真意は最後まで明らかになりません。「地球へ」のグランドマザーなのか? 次作の含みを残してるのでしょう。日本のエピソードもあります。老人技術者ノムラ氏は、産業用ロボットを味方にして孤軍奮闘、何とか生き残りました。
スピルバーグが映画化権を取得したものの、製作の無期限延期中だそうです。多分、ロボットや戦闘の描写、荒廃した都市の情景があまりにもリアルな筆致なので、映像化するには膨大な費用がかかると思います。アニメなら何とかなりそうですが… この本はオススメです!

ロボポカリプス

ロボポカリプス

死の授業

「死の授業」を読みました。60歳を超えたら、いつお迎えがきてもおかしくありません。死ぬ確率は100%です。考えると悲しくなるので普段は考えませんが、善く生きるために死を意識することは大切なことだと思います。昨年、ガンの疑いで精密検査をしている時に思い知らされました。「ついに行く 路とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思はざりしを」在原業平の辞世の句が身に沁みます。
本書の著者は看取りを2000例以上経験している医師です。複数の一般人と「安楽死」「尊厳死」について議論をする形式です。わかりやすい説明です。日本では「尊厳死」「安楽死」が混同されていること、マスコミを含め「死」について語り合うことがタブーになっていることを指摘しています。「安楽死」は殺人に近いので認められないが、延命治療を本人の希望で停止する「尊厳死」は認めても良いのではないかという立場です。何よりも法整備が整っていないので現場の医師はどうして良いかわからないそうです。成人後見の制度では、後見は財産だけで。医療については、未だに親族のみの判断です。自分の死について明快な文書を残しておくことが大事な準備であることを了解しました。備忘します。

長尾和宏の死の授業

長尾和宏の死の授業

現代は、待たなくても良い社会、待つことができない社会になった。私たちは意のままにならないもの、どうしようもないもの、じっとしているしかないもの、そういうものへの感受性をなくし始めた。偶然を待つ、自然を超えたものに付き従う、未来というものの訪れを待ち受けるなど、待つという行為…ページ102
現代において95パーセントの人は、このどれかで死んでいくといわれている、つまり95パーセントの人には終末期があるともいえます。現代日本において終末期がない、つまり事故や自殺、また急病などによって突然死する人が約5パーセントいるということがわかっています。ページ106
お風呂で突然死する人が年間2万人もいるんです。会社の後に同僚といっぱい呑んで帰ってきて、今日は疲れたと、つい寝てしまい、溺れて死んでしまった、というケースです。ページ109
痛みには四種ある。肉体的痛み、精神的痛み、社会的痛み、魂の痛み。これが四種が全人的な痛みとも言われ、人が人として感じる痛みです。…魂の痛みとは「なぜ生きてきたのか」「自分の生に価値があったのか」「どうしてあの時、別の道を歩まなかったのか」「死んだら私はどこに行くのか」など自分の人生を振り返り、精神について根源的な意味を問い正そうとすることで生じる痛みです。ページ119
…すなわち、金持ち保険と貧乏人保険、そして無保険者に分かれる日がやってくるかもしれない。貧乏人保険では、きっと現状の延命治療は認められなくなるでしょう。現在のアメリカと同じですね。だから 近い将来はもしかすると、日本は尊厳死のできない国ではなくて、尊厳死しかできない国になるかもしれません。その可能性が高い。これはブラックジョークでもなく現実です。ここにいる皆さんが老人になる前に訪れる現実なのです。ページ153

ソトコト 2018年8月号

「ソトコト 2018年8月号」を読みました。特集は「日本のおじいちゃん、おばあちゃん」で、日本全国の元気な老人を取り上げています。山形県酒田市でバーテンをしている井山計一氏(92歳)に驚きました。日本最高齢バーテンダーだからではありません。何と、あの伝説のカクテル「雪国」の創作者だそうです! 1959年のサントリーのコンテストでグランプリを受賞した作品です。若い頃、よく「雪国」を注文しました。出来不出来がすぐわかるので、若いバーテンダーに随分嫌味を言いいました。井山氏は若い頃にプロのダンサー、そして長年、山王まつりの総大将だったとか。そのダンディーな姿、一見の価値ありです。
他の記事は、どこかで読んだことがあるような内容です。鹿児島県、曽於士の久永氏とは友達になりたくない、私と似ているから。宮城県仙台市で老人向けフリーペーパーを20年以上発刊してる千葉氏はすごい、羨ましいです。世界最高齢の女性DJ、岩室氏はぶっ飛びすぎていて近寄りがたいです。
今回の「田中康夫浅田彰」対談は政治問題です。終わった人が政治を語るのはみっともない、先回のように芸術とかのほうがぴったり納まりますよ。

到知 2018年8月号

「到知 2018年8月号」を読みました。特集は「変革する」です。今月号の中で詳しく読んだのは「葉隠に学ぶ変革の要諦」「静かなる実践の末に変革は成し遂げられる」「自分の幸せをシンプルに考えて生きる」という記事でした。
葉隠死ぬことと見つけたり」という衝撃的な言葉が本書の本質ではなく、人間関係や組織運営のコツに当たるものがたくさん書かれていと指摘しています。この書物が口述本だとは知りませんでした。
二つ目は40年前から一人でコツコツと有機農法を実践し、ついに村全体が有機農法になり、ひいては立派に村おこしができたという感動的な話です。
三つ目は、ハウステンボスの「変なホテル」をプロデュースした方の話です。70を超えた方ですが、考え方が若い!「嫌いなことをいくら続けたって何にもなりません。」「…人の幸せとは何かというと、自分の能力を使って、人と社会に役立っていると実感することだと思うんです。だから僕は、人の能力を引き出し、さらに発展・成長させることができるロボットを作って行きたいんですね。(ページ50 ハウステンボス 富田直美氏)
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