「経営者と哲学」

著者松谷義範氏は元東邦薬品会長で明治44年、福岡県生まれ、平成8年没(85歳)。東京帝国大学文学部西洋哲学科卒業後、恵泉女学院教頭、日新医学社長を経て、昭和23年東邦薬品を設立、社長となる。平成3年会長。著書に「経営思想と実践」「経営思想における原則と体系」などがある他、演劇には一家言を持ち、劇評小冊子「黒表紙」も出していた。(日外アソシエイツより)

18年前に松谷義範氏とお会いしたことがあります…本書を読んで感激した旨お伝えしたところ「…今度食事でもしながら話しましょう」と言われましたが、その機会は永久に失われてしまいました。

松谷氏は「原則と体系」と現実とのギャップについて実に率直に書かれています。理想論に片寄らず、会社を自己実現、自らの考えの表現の場として捉えています。大変に羨ましい気もし自ら創業をしてみたいという元気を奮い起こさせる書であります。…



戦後、哲学の道から商業の道へ入ったがその道で真の民主主義を追求したいと思った。40年間の経営に一本筋を通そうとするなら「整合性」「体系牲」を持たねばならず、「考える事」「哲学する事」が不可欠であった。「整合性」「体系性」を無視すれば恣意的な経営となり企業をスポイルすることになる。

企業組織においては平等と同じ意味の「公平」は実現できないが、「公正」は実現できる。ルールを予め社員に公表して、その通りに行われていれば「公正」は配慮されていると考える。

企業の中には秩序がなければならない。自分がしていけない事は、社員もしてはいけない、自分がして良い事は社員がしても良い。自分がやれる事は、社員も又やれる。一人一人を人間として尊重し、人権を無視したり人格を侮辱するような事があってはいけないと考えた。

企業においては、実力のある者・能力のある者に対しては一見平等でないように見える報奨や昇進といったものが仕組まれて恩恵を受けていくが、弱き者・能力のより少ない者たちにも必ず分配されていく。もちろん功績のある者に報奨しなければ企業は停滞する。しかし、敗者に対しては救済の哲学をもって富の集中を阻止し、再分配のシステムをつくらねばならない。人は救済により一人前になっていく。成長すれば遅れている者を救済する立場になり、その人は誇りを持つ人になる。

性善説をとるか性悪説をとるか、私は二元論をとりたい。会社の実態も二元論ではじめてわかる。従業員は信用しすぎても信頼しなくても業績は伸びない。中央集権組織と分権組織についてはメリットとデメリットが内在する。そのデメリットを別の方法でどこまで抑えられるかにかかっている。一元論には無理があると体験的に思う。

正面からマーケットシェア確保の戦いを挑むことはしない。できるだけ競争を避けるよう工夫し自分自身のなかの進歩に関心をもつようにした。「我覇道を歩まず」をモットーにしている。偶然と好運で勝ち得た成果は容易に奪い取られるが、苦労して得たものは残る。

制度は絶えず修正を要求される。企業は運動と展開をそれ自体の中にもっている。企業は創造的に活動し社会の中にあって自ら変化している。我々は対象を能動的に変化させるが、一方組織の一員として全く受動的に動かされている。社長であっても動かされており、その中に存在する。

芸術家は死んで評価されることもあるが、経営者は生きてるうちに成功を勝ち得なければ名声を得る事はできない。