わがひとに与ふる哀歌

いろいろ調べ物をしているうちに、伊藤静夫さんに当たりました。十代の終わり頃、唯一、全文を暗唱していた詩です。恋の詩です。ストイックで、形式美に満ちた詩です。独りで伊豆の山に登り、秋の野分のなかで口ずさんでいました。「如かない 人気ない山に上り 切に希はれた太陽をして 殆ど死した湖の一面に遍照さするのに」と。少年から青年に至る自意識過剰で甘いロマンチシズムを好んだ頃でした。読みなおすとその頃のやるせなさや恥ずかしさが、ふつふつと湧きあがってきます。


わがひとに与ふる哀歌 (愛蔵版詩集シリーズ)

わがひとに与ふる哀歌 (愛蔵版詩集シリーズ)


わがひとに与ふる哀歌

太陽は美しく輝き

あるひは 太陽の美しく輝くことを希ひ

手をかたくくみあはせ

しづかに私たちは歩いて行つた

かく誘ふものの何であらうとも

私たちの内の

誘はるる清らかさを私は信ずる

無縁のひとはたとへ

鳥々は恒に変らず鳴き

草木の囁きは時をわかたずとするとも

いま私たちは聴く

私たちの意志の姿勢で

それらの無辺な広大の讚歌を

あゝ わがひと

輝くこの日光の中に忍びこんでゐる

音なき空虚を

歴然と見わくる目の発明の

何にならう

如かない 人気ない山に上り

切に希はれた太陽をして

殆ど死した湖の一面に遍照さするのに