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日本人はどこから来たのか

ホモ・サピエンス(現人類)は5万年前に西アフリカに出現し、世界中に拡散したそうです。エベレストの北と南に分かれたホモ・サピエンスは、3万8000年前にまず対馬の海を超えて日本に到達。その後、南からは海路、沖縄を経て日本に到達。北からは、当時、陸続きの大陸から北海道に到達。混血を繰り返して縄文人となり、2500年前にもう一度、対馬を超えてきた渡来人と混血。これが今の日本人だと述べています。猿人から原人、旧人を経て現人類(ホモサピエンス)、そして日本人に至る道筋が理解できました。大いなる仮説、正しいのではないかと思いました。ここから日本神話が始まります。備忘します。

日本人はどこから来たのか?

日本人はどこから来たのか?

…人類進化の研究が急速に進んだ現在、私たちはこれをもっと地球規模で語る枠組みを手にしている。それは、私たちの主がアフリカで進化して世界へ大拡散を遂げたという、ホモサピエンスの「アフリカ起源説」だ。ページ11
…アジアには185万年前に以前に原人が広がり、次いで30万年前ごろから旧人が出現したようだが、どの時期にもそのどれかのグループがアジア全域を支配するということはなかった。時期によって構成は変わるが各所に異なる原人・旧人集団が分布する状態が続いていたのである。そこにアフリカからやってきた私たちの祖先が登場した。…それは5万年から4万年前のことであった。ページ35
…これはきっとホモサピエンスが列島に渡来したシグナルなんだろう。古代型人類の先住者がいなかったか、いても少数だった日本列島に3万8000年前ごろ、ホモサピエンスが渡ってきて急拡大したのではないだろうか。ページ118
祖先たちが対馬列島を横断せねばならなかったという事実と、神津島の黒曜石が本土で見つかるという事実が、最古の日本列島人が航海をしていたことを教えてくれた。日本に最初に渡ってきた集団は、つまり陸のハンターでありながら航海者でもあったというわけだ。ページ142
つまり南ルートと北ルートの集団は互いに出会ったのだ!両者の祖先がアフリカを離れた、4万8000年前頃にヒマラヤの北と南の二手に分かれてからおよそ1万年後に、東アジアのどこかで。対馬ルートを超え、初めて日本列島の土を踏んだ人々はそのような出会いを経験した人々だったに違いない。列島の独特の文化が生まれたのも、この2つの異質な文化の相互作用の1つの結果だったのではないだろうか。ページ188
このように均一ではない縄文人社会に、弥生渡来民が現れた。大陸からの渡来者数は莫大ではなかったようだが、彼らは平野部に水田を開発して列島内で人口増やしたらしい。そして弥生時代以降、この渡来系集団の列島内拡散とともに、九州から本州で縄文の系譜を継ぐ在来系の人々との大規模な混血が進んでいた。この間沖縄の人々と台湾原住民と混血は確認されていないが、アイヌオホーツク文化人と交流があった。そのように地域によって異なる経緯をたどりつつ現代の日本列島に暮らす人々が形成されていった。ページ202
かつてアジア南北のると別々にたどり、それぞれ違う困難をくぐり抜けてきた兄弟姉妹が、再会を遂げた舞台の1つ。それが後期旧石器時代の日本列島だった。ただし西アジアで別れてから既に1万年の時が経過しており、再会した彼ら自身は、互いが血を分けた兄弟姉妹であることに気づきようがなかったのだが…。彼らが日本列島入ってくるシーン苦にも、ハイライトがあった。最初に日本にやってきた人々は対馬の海を超えたが、南からやってきた兄弟姉妹は、人類の歴史に残るような極めて困難な航海にチャレンジし、その末に琉球列島に拡散した。しかし3つのルートから渡来した彼らの歴史は、列島にたどり着いて終わるのでなく、その後、大陸からの新たな渡来民や列島内での移住を経て、当初の集団構造を変化していった。それでも、偉大な旅を続けてきた旧石器時代の先祖たちの血は、今もこの列島の私たちの中に様々な形で継承され続けている。ページ203