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日本人の神入門

「日本人の神入門」を読みました。天照大神は怖い神様で伊勢に追いやられたというのは面白い見解です。八幡神は場所にとらわれない神様だが、仏教との習合だとなれば納得できます。春日神は藤原の神様で栄華を極めたのは当然です。天神さまは道真と集合して怨霊から善神に変わっていったという見解も面白いです。明治維新仏教神道が分離して今の形になりました。意外と新しいのに、けっこう誤解している人が多いのではないでしょうか。備忘します。

だがそれは古代人の感覚とは明らかに違う。古代の人々は、神を祀るというときに、神の恐ろしさ、その戦慄すべき側面を十分に自覚していたはずなのである。ページ77
天照大神が伊勢の地に遠ざけられ、天皇などが訪れることがなかった間に、八幡大菩薩は、その地位を高め、天照大神への信仰を凌駕するまでに至る。それは、日本の宗教の歴史を考える上で、極めて重要な出来事だった。八幡神は、皇租神としての天照大神の地位を簒奪したともいえるのである。ページ101
朝廷を中心にしてそれを公家と武家が支える。そうした政治のあり方だ、三者託宣に反映されている。中世の時代においては、伊勢、八幡、春日による、まさに日本的な三位一体の構造が確立されていたのである。ページ113
春日大社は、藤原氏氏神であり、その藤原氏の先祖は中臣鎌足である。その点では春日大社に祀られ、春日神の一画を占めるのは当然のことである。ページ123
そもそも、多様な別名を持つ大国主命は、様々な神々が合わさったものと考えられる。しかし、それを醸成する個別の神の正体というものも明らかではなく、どういった過程を経て、1つに合わさって言ったのかも不明である。すでに古事記日本書紀の段階で別名が明らかにされており、それ以前の資料というものが存在しないからである。ページ155
そうした神を祀るのは人の側である。一神教の神が偏在するのに対して、日本の神々は必ずや特定の場所と結びつけられている。特定の場所に神を祀るには、人の手を借りなければならない。つまり神が地上にいられるには、人の力を必要とする。ページ160
菅原道真の霊は最初、祟り神、怨霊としておそれられたものの、天神と集合し、北野に祀られることによって、今度は様々な利益をもたらしてくれる善神へと変貌を遂げていった。ページ179
現在の感覚では、二礼、二拍手、一礼が昔からの神社の伝統であるように捉えられているかもしれない。だがそれは、明治になって行われるようになった新しい作法であり、それ以前は合掌するだけだった。それには現代の私たちが仏教の人訪れ本尊などを拝む時に行うやり方と変わらない。ページ234
したがって神と人との関係は、近代に入って一新されたと言える。神仏分離によって、本地垂迹説は有効性を失い、神と仏との関係は断ち切られた。本地物という捉え方は一掃された。そして神に礼拝する際には、神道独自の彩色が確立され、そのやり方は仏を拝礼する時のものとは差別化が図られたのである。ページ237
だからこそ、歴代の天皇伊勢神宮への参拝、僥倖を避けたのだと考えることもできる。古代の宮中に祀られていた時の天照大神は、やく病をもたらすような恐ろしい神であった。そこで朝廷のある場所からはかなり離れた場所にされ、それによって天皇との直接的な関わりは封じられた。ページ245