シズコさん

「シズコさん」を読みました。佐野洋子さんの晩年の著作です。私の大好きな「100万回生きた猫」の作家です。さて「シズコさん」とは、佐野洋子さんの実母のことです。老人ホームでボケて93歳で亡くなった人のことです。佐野洋子さんが、その母の一生を書きました。父や家族も含め佐野家の家族史にもなっています。ボケてしまった母へのレクイエムになっています。著者も数年後に乳がんで亡くなっています。生きている間に母との確執やわだかまりが氷解したのはたいへん良かった! 備忘します。

シズコさん (新潮文庫)

シズコさん (新潮文庫)

老人ホームのベッドの中で、自然に母さんのことを叩いていた。「ねんねんよう、おころりよ、母さんはいい子だ、ねんねしな」母さんは笑った。とっても楽しそうに笑った。そして母さんも、私の布団の上を叩きながら「坊やはいい子だ、ねんねしな。それからなんだっけ?」「坊やのお守りはどこいった?」「あの山越えて里超えて」と歌いながら私は母さんの白い髪の頭を なぜていた。
そして私はどっと涙が湧き出した。自分でも予期していなかった。そして思ってもいない言葉が出てきた。「ごめんね母さん、ごめんね」号泣といってもよかった。「私、悪い子だったね、ごめんね」母さんは正気に戻ったのだろうか。「私のほうこそごめんなさい。あんたが悪いんじゃないのよ」私の中で何かが爆発した。母さんぼけてくれてありがとう。神様母さんをボケさせてくれてありがとう。何十年も私の中で凝り固まっていた嫌悪感が、氷山にお湯を掛けたように溶けていった。湯気で果てしなく湧いてゆくようだった。
母さんは一生分のありがとう、ごめんなさいをボケて全部バケツをぶちまけるように今、空にしたのだろうか。母さん生まれたときにこんなふうに「ごめんなさい、ありがとう」といっしょに生まれて来たのだろうか。だんだんそう言えない事情や水質が作られているだろうか。私はほとんど50年以上の年月、私を苦しめていた自責の念から解放された。私は生きていてよかったと思った。本当に生きていてよかった。こんな日が来ると思っていなかった。母さんが、ぼけなかったら昔のまんま「そんなことありません」母さんだったら私は素直になれただろうか。ページ213