深く考える力

「深く考える力」を読みました。本を読んだり、文章を書いていると「賢いもうひとりの自分」が、正しい考えに導いてくれると説いています。わからないではありません。指定管理の提案書を書いているときに「神が降りて来る!」感覚を何度か味わいました。獲得したことが多かったと記憶しています。追い詰められた時でした。凡人にはなかなか訪れませんが…
文字が大きく、ページ空間に余裕があるので、大変読みやすい本になっています。それにしても著者の田阪広志さんは博識だなあ。備忘します。

深く考える力 (PHP新書)

深く考える力 (PHP新書)

…考えを文章に表すことは、もう1人の自分への呼びかけであり、そのことによって、自然に「賢明なもう1人の自分」が現れてくるからである。しかし、「賢明なもう1人の自分」が生まれてくるのは、文章に表すときだけではない。逆に、文章読むときにも、もう1人の自分が現れてくる。ページ38
心の中に焦りがある時、「焦るな」と念じるのではなく、「あー自分の心のなかには、今、焦りがある」と、静かに見つめる。それをするならば、おのずと、心の中に「静寂」がやってくる。そして、その「静寂」の中で聞こえてくる声が、自分の心の奥深くの「直感の声」。ページ71
顧客を訪問する時、ビルの玄関入る瞬間に、心の中で、その顧客の顔と名前を思い浮かべ、「〇〇さん、ありがとうございます。これから貴重な時間をお預かりします」と念じることであった。それが、若き日の筆者の修行であった。ページ99
今自分が成し遂げようとしている仕事は、実は、自分が成し遂げようとしていのではない。大いなる何かが、自分という存在を通じて、世の中のために、成し遂げようとしている。その感覚を心に抱く時、不思議なほど、様々なアイデアや発想が、心の奥深くから湧き上がってくる。そして、その小さな個を超えた感覚こそが、古くから、「使命感」と呼ばれてきたものであろう。ページ125
年をとると、精神の若里みずみずしさを失っていく。実は、我々が、年を取るにつれて、精神のみずみずしさを失っていくのは、多くの人々が信じる、その迷信によって、それが真実であると思い込み、無意識に自己限定をしてしまうからに他ならない。ページ134
われわれに問われるのは、「人は必ず死ぬ、人の生は一度しかない、人はいつ死ぬか分からない」という真実を日々直視することができるか否かである。…もし、我々が本気で、この修行をするならば日々の風景が変わる。人生が変わる。そして、心の奥深くから想像もできない力と叡智が湧き上がってくる。ページ179
上司は、部下を「成長させること」はできない。部下は自らの力で成長していく。我々がなすべきことは、ただ「成長を支える」ことだけである。では成長させるために、何が求められるのか。それは、言葉にすれば素朴なこと。だが実行は極めて難しい。「部下の心に正対すること。操作主義の心を持たず、無言の声を聞き届けること」ページ212
…葛藤や苦しみの根源が、我々が自らの心の中に作り上げる「境界」という幻想であることを教えてくれる。そして、実はその幻想に気がつくことこそが、あらゆる宗教的真理への第一歩であり、同時に、宗教的修行の目指す究極の到達点にほかならない。ページ217