神社の謎

「神社の謎」を読みました。紹介されている神社の3分の1くらいは訪れたことがあります。内容も良くこなれており、良書だと思います。まあ「神社の謎」というよりは「古事記」「日本書紀」の解釈本です。いくつかの新説を発見しました。皇紀2600年の新解釈です。「はじめのころの天皇の寿命が長いのは1年を2歳とした(二期作)」。私も疑問に思っていましたが、「大神神社は出雲軍勝利の証ではないか」とのこと。極めつけは「ヤマトタケルは男色」です。手塚治虫火の鳥」のヤマトタケルより真実味を感じました。備忘します。

しかしこの時代は1年を2年に数える「2倍年暦」というものが用いられていると言う説がある。天孫は稲作を持って日本の地に降りた一族である。そのため代々の子孫の「穂」が付けられている。…昔は稲作によって新米ができると、そこで1年と数えていたようなのだ。宮崎や鹿児島などの年間を通じて温暖な地方は力作のような形で1年のうち2度米が収穫できたら、1年のうちにもう一回1年と数えることになったのではないか。…これが1年を2年に数える「2倍年暦」である。ページ52
記紀」にはこの2代目から9代目までは各天皇の名前、生没年や宮、系譜などが目録的に記してあるだけで、…それ故この間の天皇は「欠史八代」と呼ばれ実在すら疑われているのだ。しかし八代すべての天皇陵が葛城地方に比定され残っている。…通常はこの部分を飛ばして一気に次の第十代天皇へという書物ばかりなのだが、今回は「記紀」にある在位年数や没年齢を調べながら、どの時代あたりから「1年1歳」になるかを調べるためにも「欠史八代」も紹介してみる。ページ126
…出雲軍が勝ちを収めたことで、奈良の三輪山付近を大国の領地としたとも考えられる。確かに大和の大神の祭神が出雲神であることに、私は以前から疑問を抱いていたのだ。ページ141
そこで皆さんにお教えしておきたい。10月15日から26日は旧暦である。だから毎年、今の暦と日にちが変わるのである。ちなみに2020年の旧暦10月15日は、今の暦の11月29日で…神在月に出雲に出かけてみたいとお思いの方は、くれぐれもご注意あれページ159
…しかし内宮にも徒歩で行けるサルタヒコ神社は、この中に属していない。はっきり申すなら、サルタヒコ神社は別格なのである。確かに今の広い伊勢神宮の地を提供した大地主の家柄なのである。ページ172
…野見が出雲から土部100人を呼び寄せ人や馬などのものを埴土でこしらえて天皇に献上したのである。「今後は土物を以て、陵墓に埋めた亡き人と死後の世界までお供させましょう…」ページ178
実は古来、男たちは巫女の力にあやかるために女装することも少なくなかったとされる。つまり女性の霊力、特にこの場合は重力を持つ大和姫、ひいてはアマテラスの霊力をも我がものにして女装している。と、なればやはり男として川上タケルは弄んだということになる。ページ186
宇佐神宮を参る。ここは日本でも珍しい「二礼四拍手一礼」の神社なのである。四拍手する神社は出雲大社や新潟の弥彦神社など数えるほどしかない。東西南北の四隅を払うためとか、日本特有の四季の神を呼ぶため、または日本以外の神を祀っているからなど諸説あるものの、四拍手の本当の意味はわからない。ページ221