日本の古代中世(7) (8) (9)

放送大学「日本の古代中世(7) (8) (9)」講義を視聴しました。副題は「摂関政治と国風文化」「古代から中世へ」「院政と文化」です。外戚である藤原家の力が増し、摂関政治の構造が固まりました。摂関政治を支えた地方支配のあり方や摂関期の政治のあり方や貴族社会の実像を理解できました。私たちが思っているような平穏な政治体制ではなく生死を賭けた政治闘争期でした。八勝寺の興隆がありました。
中世になり1200年半ばまで寺社勢力は強大な勢力を誇っていました。古文書など史料の新しい発見により明らかになってきました。西大寺の事蹟から分析がありました。
11世紀から12世紀にかけて皇位を退いた上皇による政治が行われるようになりました。院政は権力維持のためというよりは、自分の子を確実に天皇にするための方便でした。結果として裏で権力を振るう体制になりました。また上皇女院のもとに富が集中し、その御願寺を中心とする文化が花開きました。前九年の役後三年の役により欧州藤原家の平泉文化が繁栄しました。
f:id:tao-roshi:20200829190937j:plain