空気の構造

「空気の構造」を読みました。池田信夫さんの著作です。池田先生、最近、元気がないので少し心配です。毎週、銀座で講義を聴いていたときより舌鋒が弱くなってきています。この本は蓮舫を攻撃していたときの絶頂期に出版された本ですので、「勢い」を感じますが。日本的な決定とは、理屈ではなく「空気」できまるとの論です。また「空気」ができた理由を、歴史や気候風土から分析しています。私の生きてきた世界では、まさにそのように決定され、動いてきました。違和感はありませんが、これからの日本がそれでよいのか、鋭く問いかけています。それにしても丸山真男が泰斗であったことを再認識しました。備忘します。

常識的にはリスクが低いと思われている日本で、リスクを避ける傾向がこれほど強いを原因は、「日本の方がリスクが高いからだ」というのが著者の答えである一見、雇用の保証がなく自己責任になっているアメリカの方がリスクが高いように見えるが、社会の仕組みが解雇や転職が多いことを前提に作られているので、クビになっても新たな職を見つけやすい。これに対して日本は会社にしがみついている限りリスクはないが、その外に出ると転職は極めて困難で、セーフティーネットもなく、リスクが極めて大きい。ページ46
このように制度化された水利秩序があったため、日本の農村社会は近代化のインパクトを見事に吸収でき、同時に変容遂げたのである。ページ48
このように暗黙の合意でものが決まることがどんな社会にもあるが、それが法律や人命に優先する「空気の支配」は日本に特有の現象だと山本雄史は言う。明治以降の啓蒙主義では、「霊の支配」などというものは前近代的な迷信だと考え、科学的に説明できない因果関係は認めていないが、公式に認められないがゆえに「空気」はあらゆる意思決定に偏在し、日中戦争も太平洋戦争も、明確な判断なしに「空気」に引っ張られてズルズルと戦争に突入した。ページ66
日本の組織が年功序列であることが問題になるが、これは年齢で上下関係を作らないといけないぐらい日本社会が平等であることを示している。ページ70
このような美意識で命を犠牲にできるのは日本人の強みでもあり弱みでもある。それは「できるかできないかは一切考えない。ただやる。無我だ。真っ白だ。突撃だ」というプロジェクトXのスローガンにも見られる、日本の職業倫理のコアである。ページ76
東京裁判を通じて浮かび上がった日本軍の意志決定の特徴を、丸山、は「神輿と役人と無法者」と要約している。最高の神輿は天皇だが、それぞれの組織の中にも神輿がいて、対外的には組織を代表するが体内的な意思決定をしない。ページ87
…日本人の歴史意識の構造を示す概念として、「なる」と「つぎ」と「いきほい」という「基底範疇」を上げ。これを合わせて「つぎつぎになりゆくいきほい」というフレーズにまとめている。その出発点は全て世の中の有り様、「代々時々に吉善事、凶悪事、次つぎつぎに移りもてゆく理は事毎にこの神代の始の趣によるものなり」という本居宣長の言葉にある。ページ92
日本神話は「うむ」を含むが、全体としては「なる」の系列で、主体と客体は明確に分けられておらず、目的意識もはっきりしない。古事記で最初に登場するのは「タカムスヒノカミで、このみムスは苔むすの「むす」つまり生えるという意味で、ヒは霊力の意味である。イザナギイザナミによる国生みは「うむ」系列だが、「なりなりなり余れる処」と「なりなりてなり合わざる処」との性交の結果として描かれ、「なる」歴史観に近い。ページ 94
日本人の歴史意識に特徴的なのは、目的や価値の欠如である。歴史は楽園からの堕落でも輝かしい未来への道程でもなく、淡々と次々になりゆくものだから、復興主義にも進歩史観にもなじみにくいと丸山は言う。ページ93
西洋文明の本質的な影響を受けないで、その技術だけを取り入れることができたのは、このような機会主義のおかげである。それが可能だったのは、日本人の「古層」の安定性が強かったためだ。ページ132
目的を見失った組織では派閥の影響力が強まり力ある上司に迎合して意思決定が行われ、前例を踏襲することが正当性の根拠となる。そういう日本的意思決定の代表が、東條英樹だった。実際には小心で凡庸なサラリーマンだった。ページ153
軍が暴走して国民は被害者だったなどと言うのは嘘で、戦争を最も強く望んだのは国民だった。新聞がそれに迎合し、それにあおられて政治家が大成翼賛会に集合し、軍の前線は戦線を拡大する。むしろ最も慎重だったのが、東条を含む軍の上層部だったが、決定的な時期にに気の弱いサラリーマンが首相になったことが日本の悲劇だった。ページ155
小集団の自律性が高く、平等主義で強いリーダーを嫌う日本社会の特徴は、こうした狩猟時代の人類の遺伝的な感情が残っているものと考えることができる。農耕社会になって定住すると、戦争で国家の規模が拡大して階級文化が起こるのだが、平和になると小集団の自律性が高まり、内部抗争が起きるという繰り返しで社会が進化してきたが、日本では平和な時期が圧倒的に長いため、小集団の自律性が高く統一国家ができないまま19世紀まで来た。ページ196
「百姓」…文字通りいろいろな民衆であり、近代以前の農村は自給自足の均質な濃厚共同体ではなく、承認や職人などの多様な人々が村落の境界を越えて行き交う複合的な社会であり、女性も葉酸などに携わる生産者だった。ページ203
日本で敵対的買収が成功する確率は低いが、そういうプレッシャーまでもなくしてしまうと企業の組織革命も進まない。まずゾンビ企業を延命する中小企業金融円滑化法や雇用調整助成金等を廃止し、資本市場を対外開放して企業買収を進めることが日本経済を活性化する道だろう。ページ230
日本人は、小さな失敗を厳しく罰するので、人々は小さくてよく起こる失敗を減らし、大きくて稀な失敗を無視する。ページ233