古事記の物語

古事記の物語」を読みました。古事記の現代語訳です。これまでいくつかの訳を読みましたが、本書は、実によく練れた日本語訳です。久しぶりに通読できました。著者が若い頃に訳して出版した作品を30年後に再出版したとのことです。読みやすいので一気に読んだお陰で、神話から天皇記への流れがよくわかりました。それぞれの話はよく知っているのですが、触れている分量などが確認できました。最も感激した部分を備忘します。

さて、天皇は、その父王を殺しになったオオハツセノスメラノミコト(雄略天皇)深くお恨みなさいまして、その御霊に報いようと思いになりました。そこで、そのオオハツセノスメラノミコトの御陵を壊そうと思いになって、人をおつかわしになりましたときに、兄のオケノミコトが申し上げなさいますには、
「この御陵を破り壊すには、他人をつかわしてはなりません。私自身が行って、まったく天皇の御心どおりに壊してまいりましょう。」
と、このように申されました。
そこで、天皇がおおせられまするには、
「では、兄君のおおせのとおりに、おいでくださいますように」
とこのようにおおせになられました。
そこで、オケノミコトは自ら下っておいでになり、その御陵のそばを少しばかり掘って、かえってお上りになりました。そしてご報告申し上げますには、
「すっかり取り壊して参りました。」
とこのようにもうされました。
すると、天皇は、そのあまりに早く帰り上っておいでになったことを怪しまれて、仰せられますには、
「どのようにしてお壊しになられましたか」
とおおせられましたから、オケノミコトはお応えして、
「陵のそばの土を少し掘りました」
と申しました。
そこで、天皇のおおせられますには、
「父上の仇に報いようとお思いならば、必ず陵をすっかり壊すべきであるのに、なぜ、すこししかお堀にならないのですか」
と、このようにおおせられました。すると、オケノミコトが答えてもうされるには、
「このようにいたしましたわけは、父王の恨みをその陵に報いようとお思いになられるのは、誠に道理です。しかし、オオハツセノスメラノミコトは、父王の仇ではありますが、一方ではわが叔父君でもあり、また天の下をおおさめになった天皇でもあらせられます。今、父王の仇という恨みの心をのみとって、天の下をお治めになられました天皇の陵をことごとく壊しておしまいになられましたならば、後世の人から必ずそしりを受けましょう。しかし、ただ、父王の仇は報いないわけにはまいりません。それゆえ、その陵の辺をすこしばかり掘ったのでございます。すでに、このように辱め申し上げたことですから、後の世に示すにもなりましょう」
とこのように申し上げましたところ、天皇はお答えになっておっしゃいますには、
「これもまた大いに道理です。兄君のなさされた通りでよろしいでしょう」
とこのようにおおせられました。ページ211