人生短期大学

「人生短期大学」を読みました。ドイツ文学者、高橋義孝氏の1960年の随筆です。人生の知恵が詰まっています。曰く「人間の器量、人物の大小、これはすなわち人間の運命の別名でしょう」「小説家と歴史家というものは、表面こそ二つの別々のものではあれ、少し深いところではつながっている」「森鴎外歴史小説は、歴史小説の典範ではないかと思う」などなど。
学生の頃から、高橋義孝さんの皮肉を込めた教養人に憧れていた記憶があります。古本屋でこの本を見つけたときに思わず買ってしまいました。読んでみて今の若者たちにはここに書かれている昔の日本人の感覚は全く理解できないだろうなあ、と思いました。圧倒的な知識と教養、男尊女卑で、バンカラで、説教好きで、相撲好き。さすがに読み飛ばした部分もあるのですが、備忘します。

…「貸す」は「与える」である。返してもらおうと思ってお金を貸すのは、お金を貸すことを商売にしている人間のすることであって、そういう商売をしていない我々素人の場合、お金を貸すとは、それだけのお金を事実上与えるということに他ならない。ページ44
われわれはお金を使って、われわれがざっと想像しているよりもずっとたくさんのものを買うことができるようである。お金の力は、我々がうかつに決めかかっているよりもはるかに大きいらしいのである。まず大抵のものはお金で買える。ページ50
人間の器量、人物の大小、これはすなわち人間の運命の別名でしょう。運命と言うものは、自分の手ではどうにもならないものであって、しかも結局は自分が自分の手で形成していくものではありますまいか。自分のものではなくて、しかも自分のものである、という奇妙な矛盾したところに運命と言うものの根本的な特色がありはしないだろうか。ページ56
私が愛謡してやまない森鴎外の「なかじきり」という短文は、「老は漸く身に迫ってくる。前途に希望の光が薄らぐとともに、自ら背後の影を顧みるは人の常情である。」という言葉で始まるが、人生を暫く仮に突き放して「はて、さて」と瞑想的な姿勢をとるのは、老人の一特色であろう。ページ89
近頃の学生諸君は、教授を観光バスの案内嬢のごとくに見るきらいがなくもない。それは教授にとって迷惑であるよりも、まず学生諸君の損だと思うがいかに。ページ154
小説家と歴史家というものは、表面こそ2つの別々のものではあれ、少し深いところではつながっているのです。小説家と歴史家とが別々二つのものだと思っている小説家には、ろくな小説は書けますまいし、小説など歴史学と何の関係もないと思っている歴史家は三流です。ページ166
小説は説明ではなく描写だという、たったこれだけのことを頭で理解するのではなしに、全身で納得するのに、私の場合は40何年かかかった勘定になる。ページ220
森鴎外歴史小説は、歴史小説の典範ではないかと思う。もっとも、鴎外の歴史小説を左に、鴎外が使用した、あるいは使用することもなかった資料を家に置いて調査してみたわけではないが、まずそう言っておいて差し支えはなかろうと思う。ページ236