眠れない一族

「眠れない一族」を読みました。10年ほど前、狂牛病が流行った頃に購入した本です。はじめて読みました。コロナパンデミックに触発されて、同じように恐ろしい疾患を覗いてみたくなりました。細菌でもウイルスでもない殺人タンパク質(プリオン)の話です。
ヨーロッパに遺伝性のタンパク質異常の一族がいます。一族のものは50歳ちかくになると不眠で亡くなるのです。パプアニューギニアでは、食人習慣のある一族が、精神障害と衰弱で死亡する「クールー」という病気があります。このヒトの病気と羊の病「スクレイピー」と牛の病気、「狂牛病BSE)」が似たような病気であることがわかってきました。ガイジュシェック、プロジナーという二人のノーベル賞学者の成果でもあります。この解明の道筋をミステリー仕立てで解き明かしています。官僚や政治家の責任回避、ノーベル賞学者の名誉欲などをからめ、とても面白い読み物になっています。かつて、ヒトに食人習慣があったことに驚きました。今でも、知らないうちに食人すれば大量の死亡がおきることを理解しました。備忘します。

プリオン病はなんとも興味深いメディカルミステリーだ。なぜなら、遺伝性、感染性、偶発生の3つの形態をとる唯一の病気のようだからだ。プリオン病の仮説によれば、プリオンがこの3つをやってのけられるのは、その病原体が、生物学の世界ではユニークな感染症タンパク質だからだそうだ。つまり、ウィルスやバクテリアのように振る舞うタンパク質ということだ。プリオンが発見されるまで、科学者はタンパク質にはそうした能力がないと考えていた。ページ28
プリオンの不活化は途方もなく難しい。ウィルスやバクテリアを死滅させる手段もプリオンにはほとんど通用しない。煮沸してもだめだし、熱も効かない。放射線でも確実にプリオンを殺すことができない。プリオンは、ホルムアルデヒドに注ぎかけても無駄にならないどころか、ますます強靭になる。漂白剤もプリオンを死滅させるとは限らないし、有効なものも高濃度で使用しなければならない。ページ31
18世紀のスクレイピー現代の慢性消耗病を含め、プリオン病の大発生は特定のタイプの品種改良と給餌法が原因かもしれない、というのが現在の見方だ。ページ33
パーキンソン病アルツハイマー病を始めとする多くの神経変性疾患や神経筋疾患は、従来の感染症や免疫系反応の結果ではなく、プリオン病と同種の、タンパク質の折りたたまれ型の異常なのだ。ページ35
1820年代には、スクレイピーはヨーロッパの羊肉業と羊毛業を壊滅させかねないほどになっていた。ページ72
グラス夫妻は医学の学位がなかったので、この原因をはっきりと特定することができなかった。しかし彼らは、誰であれ、たどる気のある者のための道しるべを示した。すなわち、ファレ族が人肉を食べだしたのとほぼ同時期に、彼らのあいだでクールー患者が発生し始めたという事実を明らかにしたのだ。ページ133
ガイジュシェックは、イゴールクラッツィオが指摘したクールーとクロイツフェルトヤコブ病との類似にも強い関心を寄せていた。ページ143
プリオン病が遺伝性足りる事は明らかだった。それを理解するのは少しも難しくない。遺伝性の蛋白質の病気はたくさんあったからだ。一方、既にガイジュシェックが示した通り、プリオン病は、少なくともプリオンが動物に注入されたときは、感染性にもなる。ページ185
プリオン病の基礎的な理論は、次のように固まりつつあった。プリオンはごく普通の遺伝子が生成するごく普通のタンパク質なのだが、何かの拍子にそれが「もつれ」、連鎖的に他のタンパク質に「もつれ」を生じさせると言うのだ。この「もつれ」が細胞や分子のレベルで発生する仕組みについては、プリオン研究者はほぼ察しがつくと考えていた。ページ215
こうして…BSEのメカニズムと原因を把握できたことになる。狂牛病スクレイピーが原因という結論は、イギリスの牛肉業界を安堵させた。スクレイピーに感染した羊の肉を食べても問題がない事は周知の事実だったからだ。…ページ230
プリオンはある種から別の種に移るときにその姿と性質を変える。そのため、合成されたヤギのBSEプリオンがどんなものになるのか、あるいは羊や牛やヒトにとって危険なものになりうるのか、あるいは山羊だけに対して危険なのか、誰にもわからない。必死の努力にもかかわらず、私たちはこれまで以上に危険にさらされているらしい。ページ250
何とも興味をそそられる話だが、研究が進んだ結果、プリオンだけが感染性を持つタンパク質ではないというのがガイジュシェックのかつての直感も立証されることになった。ページ259
イギリス人の中に狂牛病にかかる人とかからない人がいる理由を調べているうちに、人類がその歴史の初期に食人習慣を持っていたことが、図らずも証明されたのだ。実際、私たち人類は皆ある時代には人食い人種であっただけでなく、そのせいで大きな犠牲を払うこととなった。食人は死亡率の高いプリオン病の勃発につながったのだ(おそらくそのために、私たちは人肉を食べることに嫌悪感を覚えるようになり。さらに時代が下ると食人はタブーとされるようになったのだ)。ページ267